the art of ai

Googleマップ東京渋谷区TOPローカルガイドのaidaがおすすめ日本, 東京,渋谷観光地, 縄文時代の博物館などを紹介。Googleローカルガイドコネクトライブ東京2018参加

令和元年「承継の儀」三種の神器 勾玉(まがたま)の伝統は7000年前の縄文時代から!?

令和元年5月1日午前、皇居・宮殿「松の間」で、即位後初めての儀式となる国事行為「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」に臨まれました。陛下は、皇位のしるしとされる三種の神器のうち剣と勾玉(まがたま)である璽(じ)を継承されました。

剣璽(けんじ)」とは?

剣と勾玉を合わせて「剣璽(けんじ)」と呼ばれ、皇室経済法が定める「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」と位置づけられています。

 

三種の神器」(さんしゅのじんぎ)とは?

三種の神器は、日本書紀では「三種寶物」と表記され、「みくさのたからもの」という読み方が日本神話の中の読み方として一般的です。「三種の神器」は皇位とともに歴代の天皇に伝わる宝物で、鏡(かがみ)と剣(つるぎ)と曲玉(まがたま)になります。普段は毎年11月23日に行われる宮中祭祀新嘗祭(にいなめさい)以外で使われることはありません。

 

三種の神器は先住の大和民族や出雲民族と帰化系民族の融合を表していると分析する専門家もいるそうです。この説を採れば、三種の神器は「この三つの民族を差別することなく統治する天皇」を表していることになります。

 

璽(じ):八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)とは?

璽とも呼ばれる八尺瓊勾玉は、天照大神の岩戸隠れの際に、玉祖命(たまのおやのみこと)が作って飾ったとされています。

 

瓊とは赤い玉という意味もあるので瑪瑙(メノウ)でできているかも知れません。 

  

勾玉は首飾り・ネックスとして縄文時代から使わています。古い物は約7,000年前になります。実際に北海道恵庭市カリンバ遺跡で大きさ4.6cmの勾玉が発見されています。(恵庭市郷土資料館蔵)勾玉は滑石、コハク、ヒスイが使われていました。

 

goo.gl

 

縄文中期には青森や北海道で出土される勾玉は新潟の糸魚川産のヒスイであることが分かっており、縄文人は広い範囲でお互いに交易をしていたと考えられています。また、縄文時代から鹿の角でつくられたヘアピン、漆やクジラの骨でできた、いろいろな石でつくった指輪、腕輪など、美意識の高さが感じられます。

 

縄文人がデザインや色合いに魅了された勾玉を、7,000年後の現代でも勾玉の神秘的なデザインや色に魅了されています。

 

 剣:草薙剣(くさなぎのつるぎ)とは?

草薙剣は、愛知県の熱田神宮にあります。分身にあたる「形代(かたしろ)」がこれまでは皇居内の上皇ご夫妻のお住まいにある「剣璽の間」という部屋に曲玉とともに置かれていましたが、剣と曲玉は皇位継承に伴って天皇陛下とともにお住まいの「赤坂御所」に移され、新たに設けられる「剣璽の間」に置かれるそうです。

goo.gl

 

伝説によると、草薙剣は8つの頭を持つヘビ「八岐大蛇(やまたのおろち)」の尾から生まれました。八岐大蛇に娘を食べられてしまった老夫婦が、最後に残った娘との結婚を条件に須佐之男命に助けを求めました。須佐之男命は八岐大蛇に酒を飲ませて退治し、その尾から草薙剣を見つけたそうです。

 

 

鏡:八咫鏡(やたのかがみ)とは?

三重県伊勢神宮にまつられています。

 

古事記によりますと、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩屋戸に隠れて世界は闇につ包まれたとき、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)がつくった八咫鏡に映った自分の写し身に誘われて外に出て、世界に光が戻ったとされています。

goo.gl